20231107

 曾祖父さんが死んでからちょうど10年経ったそうだ。私が初めて経験した親しい人間の死だ。
 あの日、学校から帰ってくると、家の前に何台も車が停まっていた。「今日はなにかの行事の日だったかな?」などと考えていると、後ろから祖父が車に乗って帰ってきた。窓から顔を出し、曾祖父さんが死んだという。朝、起きてこないため起こしに行くと、既に息をしていなかったそうな。びっくりした。それは私にとってだけでなく、親族全員にとっての急な訃報であった。
 あとから考えれば前兆はあった。その少し前から一人で歩けず、人の手を借りて移動し、1日中椅子に座っていた。それでも前日までご飯も食べ、会話もできていたというのだからわからないものである。

 曾祖父さんは戦争経験者だった。よく話を聞かされたが、クソガキの頃の記憶のためほぼ忘れてしまった。ただ、何度も何度も「泳ぎだけは覚えておけ」と言われたことだけは鮮明に覚えている。乗船していた船が沈没し、泳げなかった中でとにかく必死になって陸地に辿り着いたという話だ。当時私はスイミングスクールに通っていたので、それはきちんとやっておけという話だった。
 長生きの秘訣は晩酌の酒だといい、毎晩少量の日本酒を熱燗で飲んでいた。酒は飲みすぎず、適度に楽しむのが一番だろう。
 あのしゃがれた声は今でも思い出せる。曾祖母さんと違って最後までボケず温厚で、日記も書き続けていた。正直ボケた婆さんはすぐ怒鳴るし耳も遠いし苦手だった。今はどちらも墓の下だ。

 人間というものは必ず終わりがあり、それは病気かもしれないし、事故かもしれないし、殺人かもしれないし、老衰かもしれない。そんな中で最期の瞬間に後悔はひとつでも少なくしたいものである。