見えないものを見ようとしたらないものが見えてしまった
現実とインターネットは地続きであってはならないはずだった
リアルとインターネットの境が曖昧になってどちらもひとつの地続きの現実となりつつある、もうlainの世界だろといいたくなるような昨今。
インターネットが隔離場のようなものとして扱われていたのも今は昔。リアルに侵食されつくし、それを嫌がった民はわずかな同志と共に旧地獄に閉じこもる。遊び場としての機能も失くし、求められるものはいずれもリアルの充実、拡張。
SNSでは常にしょうもないジョークや失言で誰かが炎上し、結果として誰もがビクビクしながら毒にも薬にもならない当たり障りのない発言を繰り返す。
なにかを神格化するあまり、それ以外に価値を見いだせず、比較して的外れな弁でこき下ろす。盲目になり、ひとつのことしか目に入らなくなる。間違いなんてあるわけがない。神様なんだから。他にも信者が大勢いるんだから。間違いない。それが正しい。私が求めていることそのままなんだから。こんなゴミに時間を費やしてなんていられない。あぁ、こんなものにうつつを抜かしている愚者を救済してやらねばならない。
インターネットには真実が溢れ、日々のテレビやラジオから流れてくる言葉は嘘だらけ。私の言葉に嘘はない。私の思想に瑕疵はない。こんな嘘っぱちな世界の真実を暴いてしまわなければ。
本当の親友なんて、心の底から求めているものを理解してくれる人間なんてこの世に存在するはずもないのに、決してあり得ないものを求め続ける。いつか出会えるはずだと。きっとどこかにいるはずだと。この悩みを理解してくれる人間がいるはずだと。そんな存在がいるとしたら、それこそ神様でしかないのに。
自分だけしかないのに。そこに介入する意志あれど、所詮は取捨選択をしなければならないのは自分でしかないのに。
他人への過度な期待と失望。裏切りへの恐怖。評価は一瞬で反転する。知りえない事実なぞ分かるわけもないのに、分かったふりをして、それを正解と思い込む。他人に影響され、簡単に揺るぐ意思。
真実はひとつじゃない。大事なのは自分がどう感じるか、どう考えるか。